「わたしは本当に“広島東洋カープ”が好きなのだろうか……」
2017年10月24日クライマックスシリーズ、対DeNA戦5回表、2アウト1塁。バッターは日本代表4番・筒香嘉智。
マウンドには2013年のドラフト1位大瀬良、1年目の活躍、2年目からの苦悩、そして今年の復活――。
我が子のように愛しき将来のエース候補だ。
その初球。
センターの頭上を越える打球を目で追いながら、彼女は思った。
「 “入れ”と……」
私の運命を変えた背番号22
内藤美穂さん(仮名・37歳)、昼は都内で事務職として働き、アフター5は広島カープを熱心に応援する既婚女性だ。
出身は神奈川県横浜市戸塚区で、広島には縁もゆかりもない。発端は11年前、虎党の旦那の付き添いだった。
「球場観戦中も関係のない小説を読む、ただの付き添いでした。一冊読み終えて暇を持て余し、
何気なく手に取ったプロ野球選手名鑑が私の運命を変えました。
背番号22・高橋建さん。同じ戸塚出身、ちょっとハンサムだな……そんな些細な始まりでした」
現在のカープの快進撃をOBの小早川毅彦は
「ブラウン監督が荒地を整備し、野村監督が種を蒔き、そして今年の緒方監督が花を咲かせた」
とNHKの中継で例えたが、内藤さんは万年Bクラスから駆け上がる
“第二次黄金期”
の愉しさを味わったのだから、ハマるのも納得できる。
「最初は監督がホームベース投げてて、面白いな~ぐらいの感じでした(苦笑)。
でも、日に日に強くなっていくチームに目が離せなくなっていきました。
広島市民球場・スタジアム広島までの遠征観戦も増えはじめ、
09年緒方の引退試合、13年前田の引退試合のチケットはヤフーオークションで大枚叩いても購入しました(笑)。
最近ではカープがドラフト1位指名した野間峻祥、福井優也などの大学引退試合や、ウエスタン・リーグも観に行ってます」
もはや“本格派”のカープ女子だ。しかし、カープに対する情熱が高まると同時に、
もう一つ積み重なったものがある。
それは、借金だ――。
「子どもいない夫婦だから無計画で……。新幹線代・ホテル代をリボ払いし、
月10万円以上の返済はザラ。どうにか冬のボーナスで帳消しにしていました。
でも、カープが強くなるほど見逃せない試合が増えてくる。
渋々ながら週2回程度“熟女キャバクラ”で働き始めたんです……」
膨らんだ借金は132万円
源氏名は緒方孝市の妻から取り、“かな子”だった。
ホステスは政治・宗教、そして野球の話はご法度。
かな子も潔くカープ愛をひた隠した。巨人ファンの客に愛想を振り撒き、
DeNAファンの客と同伴出勤し、中日ファンの客とアフターし、ヤクルトファンの客にボトルをいれさせた。
そんな秘密のアルバイトを阪神ファンの旦那には隠し続けた。
「一度、中日ファンのお客さんと連絡先を交換する時に、定期入れに挟んでいたカープファンクラブの会員証が落ちたんですよ。
お客さん大激怒で『テメェとはやっぱり仲良くなれない!』と拒否されたことがありました(苦笑)」
ダブルワークの忙しい日々だったが、全てはカープのため、借金返済のため。
しかし、事態はより深刻化する。2016年、25年ぶりのセ・リーグ優勝だ。
「人生で一番嬉しかった年だと思います。正直お金はキツかったけど、周囲から『25年ぶりだから』と後押しされました。
無理してクライマックスシリーズ、日本シリーズも全部遠征して現地観戦しました。結果、減ったはずの借金の総額が増えてしまって……」
リボ、リボ、リボ、リボ、リボは続くよ何処までも。
2017年は熟女キャバクラの出勤数を週4回に増やし、借金返済に勤しんだ。
順調に勝ち続けるカープの大進撃に喜びを感じると共に、年末に向けて不安も大きくなっていった。
「また今年も日本シリーズに行くのか!?」と……。カープは143試合を終えて貯金37に対し、
内藤さんは143試合を観終わって借金残額132万円だった。
「球場には“カープ女子”が当たり前になりました。
可愛くユニフォームを着こなす彼女たちは、とっても華やか。でも私は……。
ホームランの時に彼女たちにハイタッチを求められたとき、一瞬躊躇してしまう自分もいます。
もしも2017年に日本一になっていたら、もしかしたらカープファンを卒業していたかもしれません」
「私は本当に“カープが好き”なのか!?」、
オフシーズン中、毎日のように自問自答を続けていたが、
習慣で選手情報を眺め、気がつけば2018年度のファンクラブも更新し、
中村奨成を拝みに春季日南キャンプの旅行も計画していた。
「葛藤しながらも、カープ愛が勝ってしまう」
2018年、内藤さんはカープ女子・かな子として生きていく。